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2006年10月26日

暮らし

 昨夜、筑紫哲也がでている「ニュース23」でニートやフリーターを高齢化が進む農業の世界へ、新しい担い手として育てていこうという試みを国の助成で行っているというような特集が行われていた。

私自身今年就農したばかりのヒヨッコでえらそうなことはいえないし、今後も山あり谷ありの人生が続くことは間違いないのだが、今日はそれを承知であえて意見を書こうと思う。

はじめ見た時は「できるのか~~?」という思いをもった。確かに農業者の高齢化は進み平均年齢は65歳だそうだ。だからといってその担い手をニートやフリーターに求めても決してこの問題は解決しないだろう。農業とは忍耐のいる仕事だと思う。種を蒔いても結果が出るのは最低でも二ヶ月くらい。その間は水をあげたり、寒ければ何かをかけてあげたり、虫を取ったり・・・。収穫まででもいくつものこう程をへる。収穫したとしても売らなければ、収入にはならない。

 私が2年間研修した栃木県那須烏山市の農業塾でも何人もこのような人が見学に来ていた。一緒に寝食をともしに仕事をともにするのだが、「まーやりにくくて仕方がなかった」うんとも、すんともいわない奴がいるし、やったことがないのだからできないのは仕方がないとして、やる気や学ぶ気持ちすら伝わってこなかった(人も多くいた)

そういう人たちの多くは「自分が思っていたものと違った」「自分のやりたい形ではない」といって予定を早めて帰っていった。そういう人たちをみるにつけ、「どこへいってもダメだろうなぁ」というがっかりするようなもっと違った接し方があったかなぁというような嫌な気持ちになるのだった。そんなことが2年のうちに何度もあった。

農業に光が当たっている。最近テレビでもよく農家を訪れるものや自給自足的な暮らしを紹介するものがある。当たり前だがかなりいいとこ撮りな気がする。職業の一つとして農業を選択しても幸せになれないに決まっている。農業とは暮らしなのだ。そうでなければ、雪が降っている日のサムーイ、サムーイ真夜中にハウスの雪下ろしなどできない。

私はまだ自分の農業が始まったばかりで農業のおかれている立場や後継者問題など考えるに及ばない。農業後継者の話をするのはもっと先だな。


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