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2007年3月19日

ハウスの骨組みから

 いつも鶏糞をいただいている養鶏場の主にハウスパイプを探している旨を伝えると、家の裏手まで案内してくれ、イチゴ栽培をやめたという初老の男性を紹介してくれた。

 古いハウスがあり、片付けてくれるなら持っていっていいというのだ。

公園の車輪止めや側溝の金属製アミが持ち去られるこのご時世。
たとえハウスパイプとはいえ金属は金属。最近は廃物屋が頻繁に回収に回っているらしいのである。
そんなときに中古のパイプを探していたのだから、
中古はダメか・・・。新品には手が出ないなぁとおもっていた矢先の朗報だけに
小躍りした。

幸い、この辺りはイチゴ産地でビニールハウスの廃材には苦労しない。パイプ、ビニールとも新品でなくてもよいならば探せばなんとか手に入る。

「幸い」というのかなんと言うのか・・・。
例えば、イチゴの集約的、企業的、工場的栽培方法に疑問を抱きつつ、有機農業を行っていたとしても、そこから出る廃材を利用して栽培をしていれば、批判などを声高に叫べる立場にないのではないかと考えることがある。

「有機平飼い有精卵といえど、餌は一般栽培の稲の米ぬかを利用している。」
この構図と似てはいないだろうか。

常々考えるテーマである。

この問いに関する皆を説得するだけの議論はまだ持ち合わせていない。
今後も折に触れ考えていくテーマかもしれない。

今のところ自分の中ではベターな方法ということで納得している。





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コメント

バンビやん 様

コメントありがとうございます。

「物の利用価値を見つけて引き出すということは、農業の醍醐味であり、楽しさでもあります。」

とのお言葉、気持ちを代弁してもらったような気がします。
あるものを使って工夫して作ったものは、愛着がわきますし、その過程で多くのことを学べるような気がします。

時間と労力を惜しまず、
これからもいいものを大事にしていきたいと思います。


ところで先日の朝日新聞の投稿欄の記事読みました。バイオ燃料についてのご意見、私はまだそこまで考えも及んでいませんでしたので、目からうろこが落ちました。

たしかに、狭い日本の農地で多くの燃料を賄うだけ作るのですから、増産品種の無理な栽培が予想できますよねぇ。日本の大切な稲作文化への危惧もあわせて。勉強になりました。

投稿: まんまる | 2007年4月 2日 21:32

経営上のポイントとしても、いかにに支出を抑えるかは、新規就農者の基本だと思います。
何より、物の利用価値を見つけて引き出すということは、農業の醍醐味であり、楽しさでもあります。
それが現代社会では廃棄物であっても、丸山さんにとって利用価値が再発見されればなにもジレンマに陥ることはないと思います。相思相愛で長く付き合ってあげてください。

投稿: バンビやん | 2007年3月24日 05:39

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